研究紹介 水(複雑系)の動的構造

水は最も身近な物質ですが、液体の中ではむしろ特殊な性質を多く示します。水と混合する物質の分子構造、分子サイズ、濃度、温度等により水分子運動は大きく変化します。16.5桁の広い時間域の誘電率(物質に加えた電圧と流れた電流の関係を得る)測定により、水を含む物質中の分子運動の速度・速度分布・動く水の量を観測し、水分子運動を支配するしくみの解明が研究の目的です。

水分子運動に関する現象の身近な例に植物の発芽があります。乾燥した種は何年も(条件がよければ何十年も何百年も)保存でき、適度な温度と水分量があると発芽します。これは身近で生物学的には明らかな現象ですが、物理学的な分子運動として観ると未解明な現象の一つです。水を含んだ物質中には-150℃でも凍らない水があります。20℃では水分子はおよそ10ピコ秒で運動しますが、-150℃では数秒程度:20℃の1011倍の時間をかけて動く氷ではない固体の水になります。このようなガラス状態(低温や乾燥で構造は液体のまま固体になる状態)では、分子運動という視点では時間がゆっくり進み、同時に分子間相互作用が顕著に現れ「生命に不可欠な水とは何か」に対する答えを見つけ易くなります。

これらの研究結果は様々な分野で応用できます。例えば卵子や精子、臓器移植の為の低温保存のメカニズム、生体適合素材などの新素材の評価や制御です。近年では、冷凍・乾燥食品中の水分子運動測定を用いた保存技術の応用研究なども行っています。

新屋敷直木 教授